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広島高等裁判所 昭和40年(ネ)260号 判決 1967年8月23日

第二三八号事件被控訴人・第二六〇号事件控訴人

(第一審原告)

森篤

訴訟代理人

渡部繁太郎

江口徳昌

第二三八号事件控訴人・第二六〇号事件被控訴人

(第一審被告)

右代表者法務大臣

田中伊三次

指定代理人

山田二郎

外二名

訴訟代理人

藤堂真二

主文

第一審原告の控訴を棄却する。

原判決のうち、第一審原告勝訴部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は「原判決中、第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和三二年五月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに「第一審被告の控訴を棄却する。」との判決を求め、第一審被告代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の関係は、次の一、二を附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、第一審被告代理人は次のとおり述べた。

第一審原告には、同人が原判決添付物件目録(一)記載の船舶(本件船舶という。)を訴外康興玉より買受けた際、代金を支払いながら、これが引渡しを受けて確保することをしなかつたという重大な過失が存するもので、かりに本件船舶に対する差押公売が不法行為に該るとしても、過失相殺がなさるべきである。なお、第一審原告が本件差押公売により被つた損害は、本件船舶の右買受代金、即ち二一〇万円を超過するということはあり得ない。

二、第一審原告は、当審における鑑定人加藤雅夫の鑑定の結果を援用した。

理由

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

本件船舶はもと韓国人である訴外尹権世、同呉泰春、同季時運、同金山三寿、同梁致奎の共有であつたが、韓国人名義では登記することができないため、呉泰春の妻である訴外西島春江の所有名義で登記をしていた。尹権世はその後他の共有者の権利を譲受けてこれを単独で所有することになつたと言つて、昭和三二年一二月二〇日これを訴外康興玉に代金一七〇万円で売却した。康興玉も韓国人であるため、同人は知人の妻である訴外広瀬敏子の名をかり、同月二五日西島春江より所有権移転登記手続を経由した。ところが康興玉も、第一審原告より借受けていた金員の支払いに窮するようなこともあつて、昭和三十二年二月一〇日第一審原告に対し代金二一〇万円でこれを売却し、同月一九日広瀬敏子より第一審原告に対し所有権移転登記手続が経由された(本件船舶につき、船舶登記簿上右認定のような所有権移転登記が存することは当事者間に争いがない。)

以上の事実が認められる。<証拠>を併せ考えると、尹権世が本件船舶の単独所有者となつた点につき、他の共有者中には納得しない者があり紛議があつたことが窺われるけれども、第一審被告は対する関係は別として、右売買により第一審原告が本件船舶の所有権を取得したものと認めるのを相当とする。

当時の下関社会保険出張所長岩佐貞三が、西島春江に対する昭和三一年二月分から同年五月分までの滞納船員保険料および同延滞金合計四万〇三二一円を徴収するため、健康保険法および国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)に基き、同年一二月一一日本件船舶を差押え、同月二四日その旨の登記手続を経由し、ついで昭和三二年五月二二日これを公売に付したこと、訴外小寺一夫が本件船舶の競落人となり、同月二五日右公売を原因とする所有権移転登記手続を経由し、第一審原告が登記簿上所有名義を失つたことは当事者間に争いがない。

第一審原告は「前記の如く、滞納金は僅か四万〇三二一円であるのに、本件差押は価格七〇〇万円、即ちその一七〇倍にも相当する本件船舶に対しなされたものであるから(訴外小寺一夫はこれを一五〇万円で競落しているところ、右の基準としても約三六倍の価格の物件)、右差押自体徴税官の裁量権の範囲を逸脱した違法無効の処分であり、更に、本件公売には幾多の極めて顕著な違法があり、要するに、第一審原告は違法な滞納処分により本件船舶を失う結果になつた。」と主張し、第一審被告は先ず「西島春江には他に財産がないのであるから、超過差押に該る点があつても本件差押は有効であり、そして、第一審原告は本件差押登記後本件船舶の所有権を取得したと主張するものであるから、その所有権を第一審被告に対抗することができず、かりに本件公売処分に違法な点があつたとしても、不法行為による国家賠償を主張することができない。」と争う。

そこで右の点について判断する。

<証拠>によると、次の事実が認められる。

下関社会保険出張所においては、滞納処分は徴収課長の所管事項であり、本件差押がなされた当時の徴収課長は訴外浅野某であつた。登記簿上の本件船舶所有名義人である西島春江は当時神戸市内に住んでおり、船員保険の事務取扱上、下関市岬之町訴外有限会社高本回漕店を仮住所と選定して右保険出張所に届出ていた。高木回漕店は西島春江につき一切の点を代理しているようにいうので、右浅野某や当時船員保険課長であつた訴外小川忠美ら右保険出張所の係員はこれを信じ、西島春江に対する連絡を高本回漕店宛にするのみならず、高本回漕店より西島春江の意向とするところを聞いていた。西島春江は前記の如く、昭和三一年二月分より五月分までの船員保険料等合計四万〇三二一円を滞納しており、再三督促したが支払いがないため、右係員らは高本回漕店に同人の財産状態を質したところ、西島春江は本件船舶の運航を中止しており、又、本件船舶以外には財産がないということであつた。そこで右係員らは昭和三一年一二月健康保険法上の督促手続を経由したうえ、前記の如く、本件船舶の差押およびこれが登記手続をなしたものである。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

<証拠>によると、尹権世や呉泰春らは昭和二九年頃本件船舶を共同で購入し運航事業を営んだが、赤字続きのため、尹権世以外の他の共有者は事業から手をひく結果となつたこと、本件船舶の所有名義人である西島春江は、高本回漕店に対しても、本件船舶の運航に必要な燃料代その他の立替を受けて二〇万円前後の債務を負いながら支払いを遅滞していたものであり、同女には高本回漕店が保険出張所係員らに述べたとおり、他に格別みるべき資産がなかつたと認めることができる。これを左右するに足る証拠はない。

そして、<証拠>を総合すると、本件船舶は木造機帆船であり、管理に十分の注意をした場合、進水より二五年ないし三〇年間耐用できると考えられるところ、本件船舶は昭和一〇年の進水にかかり、本件差押当時既に二一年を経過していること、もつとも数十万円の費用をかけた修理が殆んど済んでいた時であり、当時運航可能の状態にあつたこと、かような点を前提とすると、総トン数一六八トンの本件船舶の当時の時価は二五〇万円から三〇〇万円の間であることが明らかである。<証拠>には、本件船舶が当時三五〇万円ないし七〇〇万円もしたとの点があるが信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

滞納金額四万〇三二一円に比すると、起過額の著しい物件が差押えられたことになるけれども、さきに認定した如く、西島春江には他に資産がないとみられる事情にあつたものであるし、超過差押という点よりして本件差押が当然無効であるとは到底いえないところである。かりに、その価格が滞納金額を上廻るような船具が本件船舶内に存したとしても、船具は船舶のため従として存在するという性質からいつて、その船具と共に船舶全体を差押えるという処置は許されるところであり、本件差押の無効を来たすものではない。その他本件差押が無効であるとみるべき事情はない。

ところで、本件船舶の差押登記がなされた後、昭和三二年五月一七日付で公売公告がなされ、同月二二日公売手続が行われたが、右公告と公売執行との間に国税徴収法施行規則(明治三五年勅令第一三五号)第二二条所定の一〇日の期間がおかれなかつたこと、右公売公告において本件船舶の所在地として神戸市長田区細田町七丁目五と記載されていたが、当時本件船舶が右の場所に繋留されていなかつたこと、本件船舶の公売において、競落人小寺一夫が公売代金一五〇万円を納付した事実がないのにかかわらず下関社会保険出張所徴収課長小川忠美は、右代金を領収した如さ虚偽の歳入歳出外現金領収済報告書を作成し、また債務者西島春江及び配当要求権者有限会社高本回漕店に公売代金を交付した事実がないのにかかわらず、右両者よりこれを受領した如き虚偽の領収証を提出させたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右小川忠美は前示虚偽有印公文書作成被告事件につき、懲役一年(但し二年間執行猶予)の刑に処せられたことを認めることができる。

しかし、本件船舶の公売手続に右の如き瑕疵がありその公売処分が違法であるとしても、本件船舶に対する当初の差押が有効であることは、前に判示したとおりであるから、右差押登記後に本件船舶の所有権を取得した第一審原告は、その所有権取得を差押債権者たる第一審被告に対し主張することは許されず、その所有権取得は第一審被告に対する関係においては無効であるといわねばならない。したがつて、第一審原告は第一審被告に対し自己に本件船舶の所有権があることを前提として本件船舶の公売手続の瑕疵を主張し得ないものと解するのを相当とする。また、本件船舶の差押が有効である以上、引続きその公売手続が適法に行われておれば、第一審原告は自己が競落しない限り、当然本件船舶の所有権を失う関係にあるのであるから、本件公売処分が違法であるからと言つて、直ちにそれが第一審原告の本件船舶に対する所有権を侵害する不法行為を構成するものということはできない。ただ、本件公売手続の係官が、本件公売手続の違法な執行により第一審原告が損害を被むるであろうということを知り或は過失により知らなかつた場合、或は右係官が第三者において本件公売手続を利用して第一審原告の本件船舶に対する所有権を侵害せんとする不法行為に加わつた如き場合においてのみ、例外的に右係員の犯した違法な行為が、第一審原告に対する関係において不法行為を構成する場合があり得るに過ぎない。

第一審原告は、本件公売処分において前記小川忠美課長が崔頭及び吉村宏こと金慶能より請託を受け賄賂を収受して同人等の便宜を図つた旨主張するけれども、右主張事実を確認し得る証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、小川忠美課長は本件公売の執行された昭和三二年五月二二日当時、本件船舶の所有権が第一審原告に移転せられその登記を経由していたこと並びに本件船舶の所有権の帰属について紛争のあることを知らず、その後第一審原告の申出等によりはじめて右の事実を知つたこと、本件船舶公売の当日小川忠美課長は競落人小寺一夫の代理人崔頭より滞納船員保険料等四万〇三二一円の支払を受けたのみで、残りの公売代金の支払を受けなかつたのにかかわらず、右崔頭及び滞納者西島春江の代理人金慶能より残代金は小寺一夫において配当要求者高本回漕店及び西島春江に直接支払つて決済する旨の申出があつたので、右申出を信用して前記の如き内容虚偽の公文書を作成し、本件船舶を競落人小寺一夫に引渡す手続をなしたものであることを認めることができる。<中略>そして、船舶公売の係官は、船舶の差押登記後に公売物件の登記簿上の所有名義の変動を調査すべき義務を負うものではないから、小川忠美の行つた前記違法な公売処分により、本件船舶の登記簿上の所有名義を失つた第一審原告に対する関係において、小川忠美に故意又は過失による不法行為上の責任を認めることはできない。また、仮に崔頭及び金慶能が本件公売手続を利用して違法に第一審原告の本件船舶所有権を侵害しようとしたものであるとしても、小川忠美が故意又は過失により右崔等の不法行為に加わつたものと認めるに足る資料は存在しない。したがつて、本件公売手続に前示の如き瑕疵があつても、小川忠美の違法な行為が、第一審原告に対する関係において不法行為を構成しないことは明らかである。

次に、<証拠>によれば、本件船舶は崔頭等により運航中昭和三二年七月二六日山口県角島灯台附近において没沈したことを認めることができる。本件船舶の公売において前記の如く公売代金が支払われていない以上、競落人小寺一夫は未だ本件船舶の所有権を取得せず、第一審原告は右沈没により本件船舶の所有権を失い損害を被つたものといわねばならない。しかし、<証拠>によれば、第一審原告等の申出により本件公売処分の違法を覚つた小川忠美課長は、昭和三二年六月中神戸地方法務局に対し本件船舶につき小寺一夫より第三者に対する所有権移転登記の停止方を依頼すると共に、門司、神戸、大阪各地の海上保安部長に対し本件船舶の停船方を依頼し、本件公売処分の取消を準備中、前示沈没事故が発生したものであることを認めることができる。したがつて、右沈没事故は、崔頭等の行為により生じたものであつて、本件公売手続の瑕疵と右沈没事故との間には、相当因果関係がないものと解せられるのみならず、第一審原告は本件船舶の所有権を差押債権者である第一審被告に対し主張し得ない関係にあること前に判示したとおりであるから、第一審原告はいずれにしても本件船舶の沈没による損害につき、小川忠美に対し不法行為上の責任を問うことはできない。

そうすると、その余の点についての判断をなすまでもなく、第一審原告は第一審被告に対し国家賠償法による損害賠償請求権を有しないことが明白であるから、第一審原告の本訴請求は全部失当として棄却さるべきである。その一部を認容した原判決は失当であり取消しを免かれないし、原審で一部棄却された部分についての第一審原告の控訴は理由がない。

よつて、民訴法第三八四条第三八六条第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。 (松本冬樹 浜田 治 竹村 寿)

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